平野の伝承とくらし第9回(50 星の宮神社)

「平野の伝承とくらし」冊子 50 星の宮 (P48)

50 星の宮神社

 ① 飯坂町字星宮下
 ③ 古山 巌

 〈祭神〉「岩根の神」を祀つたと伝えられています。「大鳥城記」によると「石烈神(いわさく
の神)・根烈神(ねさくの神)の二神で、いずれも星の神であるという。」と記されています。
 佐藤基治が大鳥城を守つていたころ。城を守る大切な地として、城の南の星を祈つたとこ
ろといわれる伝説が残つています。

 旧福島街道を北に向かつていき、平野と飯坂の境を越したところにあります。すぐ北が摺
上小川河岸段丘の崖下になつており、わきの舗装道路を下つていくと福島北高等学校へ通
じます。また、ここから舘の山(大鳥城址)や飯坂温泉方面を一望することができます。
 お宮は南向きに建つており、参道の入り口に石の鳥居(明神鳥居)があります。その右の少
し離れたところに、大きな二十三夜供養塔が建つており、その石碑の裏に、寛政七年乙卯年
十月廿三日(1795年)、脇に小川拝念之講中と彫られています。また左端には小さな石灯
籠があり、そこには奉納・女人講中とあります。お宮の前の道は、芭蕉が通つた奥の細道で、
現在は「おくのほそ道自然歩道」に指定されています。わきの舗装道路は、今の電車通りの
道路の無い頃―明治15年(1882年)までの福島街道でした。お宮の後ろは杉林になつてお
り、その前に11基の石碑と一つの石殿が並んで建つています。祭日には、おもに飯坂の小川
・花水坂地区の人たちが参りますが、平野の人々も参加します。

〈二十三夜供養塔〉

 ① 飯坂町字星宮下
 ② 星の宮境内
 ③ 古山 巌

 星の宮にある二十三夜供養塔は、高さlm37cm、台を入れる
とlm80cm、幅58cmの大きなものです。
 「ふくしまの野仏」〈田中 正能〉によりますと、二十三夜供養
は、姑たちの集まりが多かつた。江戸時代の封建家父長制のもと
で女性の地位がいかにみじめであったか、よく語られている事
実である。世の姑たちの慣まんのはけ口として二十三夜講が続
けられていたとも言われる。主に女たちで構成され、部落のお堂
に集まり、お経か真言陀羅尼を誦し、月の出までお篭もりしなが
ら、持ち寄った酒と料理を食べながら、話の多くは日頃の慣まんの嫁のザンゾ(悪口)、家庭
内の問題、嫁いびり、孫の話、同じ境遇にある者同士が酒も入れば、心おきなく語る場所と
なる。話せばせいせいとして胸のつかえも取れる。多くは村の法印様、坊様たちが話を聞い
て助言する。飲み食い歌い、宝引きなども始まり、賑やかになる頃二十三夜の月が出る。

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ここからは、弊社で撮った写真(2028.5.16)を追加致します。
 2段目右 二十三夜供養塔、4段目 お宮後ろの11基の石碑と一つの石殿 です。

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