平野の伝承とくらし第12回(22 八龍神社 馬頭観世音)

「平野の伝承とくらし」冊子 22 八龍神社 馬頭観世音(P18)

22 八龍神社 馬頭観世音

 ① 字飯塚10
 ③ 中村 善昭
 八龍神社は五穀豊穣(ごこくほうじよう)の氏神様として、飯塚。大和田・遠東地区約70名
の氏子(うじこ)によって守られている神社であります。
 神社の南に見える高速道路ができる前は、八反田川の向こうにある大和田集落と飯塚の
間は田や畑でした。もちろん生協、平野、八龍の団地ができる前の話で、一帯は稲作・畑作・
果樹畑が広がる田園地帯でした。農業中心の時代でしたので、この八龍神社は農家の氏神
様として大切にされてきました。今でも土地の人は八龍様と様をつけて呼んでいます。
 八龍神社の八龍の名は、八龍民朝(たみとも)と言う人の名を取って神社の名前ができた
と言われています。(八龍民朝がどのような人物であったかは不明です。)神社の南側の地
名は、平野字八龍前で神社に由来されるものと思います。
 毎年、4月の第3日曜日には大きな「ノボリ」を建てて祭礼を行います。
                                   (中村 善昭)
 (参考〉馬頭観音
     隣接地に中村昭司氏の祖先が建立した、馬頭観音の石碑があります。戦争で自
    分の身代わりになって鉄砲の「玉」に当たつて死んだ愛馬の碑です。平野にはこの
    ほかにも馬頭観音の碑がいろいろな所にあります。馬と人との関わりのエピソード
    が秘められています。「花ひろ」(花屋)さんの屋敷の中にも物語の碑があります。

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弊社が撮って追加した写真(2026/5/15撮影)です。

    馬頭観音石碑

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