宮司挨拶

宮司 佐々木 功
この度は、延喜式内名神大社 東屋沼神社のホームページをご覧いただき、誠にありがとうございます。
神社は地域の文化であって人々の心の拠り所です。当神社は当初、吾妻山の五色沼に鎮座していた神社で人々は五穀豊穣、健康、希望を願い吾妻山に祈りを捧げました。この地域は農耕地帯であり、昔は養蚕が盛んで、今は福島の一大果樹地帯となっています。皆で豊作を願い、子供の誕生を皆で喜び、成長を皆で見守ってきました。
神社は、この地域の文化を見続け人々の願いを受け止め、地域と人々を見守ってきました。東日本大震災の時、浜通りの人達が復興の最初に行ったのが人々の心の拠り所でありふるさとの象徴である神社の再建でした。
当神社は人々が集い、心の拠り所となり、子供達がふるさとを感じ、次世代に伝えられるそんな神社を目指しています。
どうぞお気軽に境内にお越しください。皆様のお参りを心よりお待ち申し上げております。
ご祭神
須佐之男命
すさのおのみこと
荒々しさと慈しみ、破壊と再生という相反する性質を併せ持つ神
須佐之男命は、日本神話において極めて重要な位置を占める神であり、荒々しさと慈しみ、破壊と再生という相反する性質を併せ持つ存在として語り継がれております。
『古事記』においては建速須佐之男命、『日本書紀』においては素戔嗚尊などと記され、その神名に含まれる「建」「速」の文字は、勇猛果敢なる神威を象徴するものとされています。また平田篤胤は、須佐之男命において荒魂と和魂という二つの心が、際立って現れたものと論じています。
須佐之男命は、伊邪那岐命の禊によって生まれ、最初は海原の統治を命じられましたが、その役目を果たさず、母を慕い泣き続けたため、高天原において様々な混乱を引き起こします。天照大御神の御前における振る舞いにより、ついには高天原を逐われ、地上へと降ることとなります。
しかしながら、その後、須佐之男命は八俣大蛇を退治し、出雲の地において人々を守り、国を治める神へと大きく姿を変えられます。この転換は、須佐之男命が単なる荒ぶる神ではなく、試練を経て徳を顕す神であることを示す重要な神話的要素といえるでしょう。
須佐之男命は、混沌を乗り越え、秩序をもたらす神として、今日においても人々の暮らしを見守り続けておられます。
厄除け疫病退散出雲統治八俣大蛇退治
大国主神
おおくにぬしのかみ
数多の試練を乗り越えて国造りを成し遂げた、地上の国を治める主神
大国主神は、出雲神話の中心をなす神であり、数多の試練を乗り越えて国造りを成し遂げた、「地上の国を治める主神」として広く知られております。
『古事記』では須佐之男命の後裔として描かれ、『日本書紀』では大己貴神の名で記されるなど、その出自や系譜については諸説が伝えられています。いずれの伝承においても、大国主神が須佐之男命より出雲の国を託され、国土経営を担った神である点は共通しています。
大国主神は、根の国において須佐之男命から課された数々の過酷な試練を乗り越え、その娘である須勢理毘売命と結ばれ、葦原中国の主として君臨するに至ります。この過程は、困難に耐え、徳を積むことで国を治めるにふさわしい存在へと成長していく神の姿を象徴しています。
因幡の白兎に代表される物語に見られるように、大国主神は慈愛と忍耐を備えた神である一方、権力闘争や迫害といった厳しい現実の中で、幾度も命の危機にさらされながら再生を遂げる存在として描かれています。
その後、天つ神への国譲りを経て、大国主神は地上世界を陰から守護する神として祀られるようになり、縁結び、国土開拓、五穀豊穣、商売繁盛など、人々の暮らしに深く関わる幅広い神徳を授ける神として、今日に至るまで篤く信仰されております。
国土開拓縁結び五穀豊穣商売繁盛
少名毘古那命
すくなびこなのみこと
大国主神とともにに出雲の国造りを支えた、医療と薬事の神
少名毘古那命は、大国主神とともにに出雲の国造りを支えた神であり、医療、薬事、温泉など、人々の命と健康を守る神として知られております。
神話によれば、少名毘古那命は、小さな姿のまま海上より現れた客人神として出雲に迎えられ、大国主神の右腕として国造りに力を尽くしたと伝えられています。その姿は、見た目の小ささとは対照的に、極めて大きな知恵と霊力を備えた存在であったことを象徴しています。
少名毘古那命は、大国主神と協力し、病を治す方法や、虫害・鳥獣の害を除く術を定めたとされ、医薬やまじないの祖神として信仰されてきました。また、穀物の伝来や温泉の開拓にも関わったとされ、自然の恵みを人々にもたらす神としても崇められています。
その神徳は、病気平癒、健康長寿、温泉守護などに及び、古くから各地の温泉地や医療に関わる人々の信仰を集めてきました。少名毘古那命は、国を支える知恵と癒しを象徴する神として、今なお人々の暮らしを見守り続けておられます。
医薬温泉病気平癒健康長寿
倭建命
やまとたけるのみこと
卓越した武勇をもって国土の平定に尽くした悲劇の英雄
倭建命は、卓越した武勇をもって国土の平定に尽くした皇子であり、その生涯は英雄であると同時に、深い悲劇性を帯びたものとして語り継がれています。
第十二代・景行天皇の皇子として生まれ、幼名を小碓命と称された倭建命は、若くして各地の反乱を鎮める使命を帯び、熊曽征伐や東国平定といった困難な遠征に身を投じました。
熊曽討伐の功績により倭建命の名を賜った後も、出雲や東国において数々の戦いを経て、大和政権の勢力拡大に大きく寄与したとされています。その道中では、伊勢神宮の倭比売命より授かった神剣・草薙剣により、幾多の危機を乗り越えたと伝えられています。
しかし、妻である弟橘比売命の犠牲や、伊吹山の神の祟りによる病没など、その最期は決して安らかなものではありませんでした。死後、白鳥となって飛び去ったという伝承は、倭建命が人の世を超えた存在となったことを象徴しています。
倭建命は、国土を切り拓いた武の象徴であると同時に、旅の安全や厄除けを司る守護神として、今日においても広く信仰されております。
武勇国土平定厄除け旅の安全
四柱の神様の調和
須佐之男命
すさのおのみこと
高天原を追放された後、善神に変じて八俣大蛇を退治し、出雲国を治めた荒々しい神。その強大な神威により、厄除けと疫病退散の神として崇められています。
厄除け疫病退散
大国主神
おおくにぬしのかみ
海から現れた小さな神で、大国主神とともに病を除く法や虫害・鳥獣の害を除去する法を定めました。医薬、温泉、病気平癒の神として崇められています。
医薬温泉病気平癒
少名毘古那命
すくなびこなのみこと
海から現れた小さな神で、大国主神とともに病を除く法や虫害・鳥獣の害を除去する法を定めました。医薬、温泉、病気平癒の神として崇められています。
医薬温泉病気平癒
倭建命
やまとたけるのみこと
父である景行天皇に疎まれながらも、熊曽征伐と東国平定を成し遂げた悲劇の英雄。卓越した武勇と勇気を示した皇子として知られています。
武勇国土平定旅の安全
総合的な御神徳
須佐之男命の強大な神威、大国主神の国造りの力、少名毘古那命の医薬の知恵、倭建命の武勇と国土平定の功績。これら四柱の神様が調和することで、厄除け、疫病退散、五穀豊穣、縁結び、商売繁盛、病気平癒、災難消除、火伏せ、旅の安全など、あらゆる願いに応えてくださいます。
東屋沼神社組織構成図
あとで、3つの表を入れる